講演概要:

 「真空」というと、何も無い空っぽな空間を思い浮かべます。しかし、ミクロの世界を記述する素粒子物理では、真空にも「場」と呼ばれる量が満ちており、場が持つエネルギーが最も低い状態に落ち着いているのが真空だと考えられています。1970年代に完成し、現代素粒子物理の根幹をなす「標準理論」では、このように真空にもゼロではないエネルギーが存在することを示しています。
 一方、私たちの宇宙はアインシュタインの「一般相対性理論」で表されます。一般相対性理論によると、物質やエネルギーの存在は時空を歪ませ、その時空の歪みこそが重力だとされます。これを宇宙全体に当てはめて考えると、宇宙の膨張速度が加速しているという観測事実を説明するには、万有引力に対抗し、空間自体を押し広げようとする力が働いているはずで、この力のもとを「ダークエネルギー」と呼んでいます。宇宙膨張の観測からダークエネルギーの大きさは分かりつつありますが、正体はつかめていません。
 その正体として有力視されるのが、素粒子物理で登場する真空エネルギーです。宇宙が膨張すると真空自体も広がって、真空エネルギーの総量が増大しながら、膨張が加速し続けます。ところが、観測されるダークエネルギーの大きさは、素粒子理論から見積もられる真空エネルギーの大きさと比べて1兆分の1兆分の1兆分の更に1兆分の1くらい小さなものとなっています。一般相対性理論が描く重力の世界では、標準理論から導かれる真空エネルギーがほとんど消えてしまったかのように小さいのです。これが「宇宙定数問題」と呼ばれている大きな謎で、現代物理学の柱である二大理論が抱える矛盾となっています。

 九後太一氏は、ゲージ理論からストリング理論に渡る素粒子理論の広い分野の研究で優れた業績を挙げてこられました。なかでも、小嶋泉氏との非可換ゲージ理論の共同研究は極めて基礎的な業績であり、その後の理論研究の展開に広い影響を与えました。講演では、素粒子の標準理論を解説しつつ、真空エネルギーの謎と、その解決への試みが標準理論をさらに発展させる手がかりとなることをお話しいただきます。